コメントが止まる夜には、4つの種類がある
配信中、コメントがふっと止まる時間。あの静けさが苦手な人は多いと思います。焦って「みんな今日は静かだね…」と寂しそうに言ってしまい、余計に静かになった経験、ありませんか。
先に前提をひとつ。コメントが止まること自体は、つまらないという意味ではありません。無言で見守っている人も、作業しながら聞いている人も、ちゃんとそこにいます。しかも視聴やいいねも応援ポイントの算出に入っている仕組みなので、無言の人は数字の上でも実際に枠を支えています。
同じ「沈黙」でも、中で起きていることは違う
その上で、止まり方には種類があります。私が見てきた範囲だと、だいたいこの4つです。
話題が閉じた。直前の話がきれいに完結してしまい、次の入口がなくなった状態。これは自分から新しい話題を開けば戻ります。
質問が重かった。「最近どう?」「なんかない?」は、実は一番答えにくい質問です。自由度が高い質問ほど、書く側の考える負担は重くなります。軽い二択に差し替えると戻ります。
内輪の話が続いた。常連さん同士の深い話に、他の人が入れなくなっている状態。話をたたんで、全員向けの話題に橋をかけ直します。
時間帯と顔ぶれ。見守り型・作業しながらの人が多い時間になっているだけ。これは埋めようとしなくていい種類の沈黙です。
原因が違えば、手当ても違います。焦って一律に「何か話さなきゃ」で埋めると、重い質問を重ねてしまって逆効果、ということも起きます。
コメント欄は「会話」ではなく「焚き火」
そもそもコメント欄を会話だと考えると、途切れがそのまま気まずさになります。焚き火だと考えてみてください。ずっと燃え盛っている必要はなくて、静かに燃えている時間があり、ときどき誰かが薪をくべる。それが自然な姿です。ライバーの仕事は炎を絶やさぬよう騒ぎ続けることではなく、いつでも薪をくべやすい火を保つことです。
焦りは、配信の音として一番伝わりやすい感情です。沈黙の時間を「失敗している時間」ではなく「ラジオとして機能している時間」と定義し直すと、声から焦りが消える。焦りが消えるだけでコメントが戻ってくることも、実際よくあります。
そして、見守っている人には「見守りさんも作業中の人も、いてくれてありがとう。BGMがわりにどうぞ」と席を用意してあげてください。コメントしない人の居場所がある枠は、火が消えにくい枠です。
配信のこと、記事のこと、聞いてみたいことがあったらどうぞ。ここはコメント欄ではないので、書いたことがこのページや他の場所に表示されることはありません。読むのは、書いている人(ちゅっぱ)だけです。名前もログインもいりません。いただいた質問に記事の形で答えることがありますが、そのときも文章をそのまま載せることはしません。
届きました。読んでくれて、送ってくれてありがとうございます。