すっぴん配信は、なぜ見たくなるのか
社会学に、人の行動を舞台にたとえた古典的な整理があります。人は誰でも、人前では役を演じる表舞台にいて、そこを離れると素に戻る楽屋に入る。お店の店員さんが、売り場と休憩室で別人なのと同じです。これは嘘をついているのではなく、社会生活の標準装備です。
この整理を使うと、配信の位置が分かります。テレビは表舞台しか映しませんでした。配信は、楽屋を見せられるようになった最初のメディアです。
すっぴん、生活音、寝起き、失敗。「距離が近い」と言われるものの中身は、だいたいこれです。
すっぴんという「カード」は、誰にでもあるわけではない
ここで面白い事実がひとつ。すっぴん配信というカードは、普段メイクして舞台に立っている人にしか存在しません。毎日すっぴんで配信している人が「今日はすっぴん配信します」と言っても、企画になりません。
つまり価値は、すっぴんそのものではなく普段との落差から出ています。ここを押さえておくと、次の話が効いてきます。
見たくなる理由は、3つある
1. 今日だけ、という希少性。普段は見られないものが、今日は見られる。単純ですが、これがいちばん大きい。
2. 関係の証明になる。人が自分のことを打ち明けるとき、話の深さには段階があります。そこまでの打ち明けを受け取ることは、「自分はそこまで見せてもらえる距離にいる」という証明として届きます。見た人に残るのは映像ではなく、この距離の実感です。
3. 素の姿への安心。作り込まれた画面を毎日見ている人ほど、その下を一度見ると安心します。そして安心は、信頼に変わる。普段の作り込みが大きい枠ほどすっぴんが効くのは、裏側を見せたときの落差が大きいからです。
だから、出しどきがある
「目標を達成したらすっぴん配信」という企画をよく見ます。すでにやっている人も多いあの形は、理屈から見ても筋が通っています。目標は表にはっきり出して、返るのは物ではなく楽屋への招待。しかもこれは、その枠を好きな人にしか意味を持ちません。だから他の枠の企画と並べて比べられることがない、という強さもあります。
逆にもったいないのは、何もない日にふと出してしまうことです。同じものを見せても、そこには落差を活かす舞台がないからです。
楽屋は、見せれば見せるほど効くものではありませんでした。舞台があるから、楽屋に価値が出ます。
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