いちばん深い応援は「物語への参加費」
イベント終盤やあと少しの夜に、応援が思いがけない大きさで跳ねることがあります。この記事は、その理由と、達成した夜に感謝の言葉の次に渡せるものの話です。
手がかりは、寄付を集める人たちの世界にあります。「自分の寄付が結果を変える」という実感があるほど、人はお金を出す。抽象的な統計を見せられたときより、顔の見える具体的なひとりの相手のためのときに、寄付はずっと集まります。
「あと少し」で応援が跳ねる理由
配信でこの動機がいちばん強く働くのが、「あと少しで目標」の瞬間です。自分の1回で結果が変わるかもしれない、と感じられるからです。イベント終盤の追い上げで大きな応援が入るのは、この心理が働いているからです。金額の大きさの話ではなく、自分の1回に意味があると感じられるかどうかの話です。
このとき、その人はもう見ている側ではありません。一緒に作っている側の心理でいます。目標までの道のりという物語を、お金で買っているのではなく、お金で参加している。だからこの応援を、物語への参加費と呼ぶことにします。
お礼の次に、渡すもの
この見方に立つと、目標達成の夜の振る舞いが変わります。「みんなありがとう」のあとに、もうひとつ渡せるものがあります。一緒に作っている側の人が持ち帰りたいのは感謝の言葉に加えて、「この結果のここは、自分が作った」という実感だからです。返したいのは、その人が物語のどこを担ったのかを指す言葉です。「あの21時の失速しかけた時間、〇〇さんの一押しで空気が変わった」。場面を指して、役割を言葉にする。
物語は、見えていないと参加できない
この動機には、前提がひとつあります。今日がどういう日で、どこを目指していて、いまどこにいるのか。それが共有されていない枠では、参加したくても参加のしようがありません。目標や状況を口にするのは、お願いではなく、物語を見える場所に置いておくことです。「今日はここまで行きたい」を調子のいい日に自然に言えているなら、その準備はもうできています。参加の形はアイテムだけでもありません。空気が沈みかけた時間にコメントで持ち直させた人も、同じ側にいます。
一緒に作っている側に回った人は、その物語の続きを自分でも見届けたくなります。応援が次の日も続く理由は、ここにあります。
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