いなくなってから、大事だった人
いなくなってから、あの人の大事さが分かった。そんな経験のあるライバーは、少なくないはずです。そして経験したあとは、自分を責めたくなります。ちゃんと見ていなかった、構っていなかった、と。
でもこれは、性格の問題ではありません。毎日返ってくる数字、いわば配信の計器の側の問題です。
配信で毎日いちばん大きく鳴る計器が、メーターです。アイテムやコメント、視聴が数字になって、毎日返ってくる。一方で、静かな常連さんが枠にくれているものがあります。場のあたたかい空気、初見さんが入りやすい雰囲気、「あの人がいる」というライバー自身の安心。こちらには、計器がありません。
人の注意は、計器のある方に吸い寄せられます。毎日数字が出るものは毎日考えるけれど、数字にならないものは、考えるきっかけそのものが用意されていない。毎日メーターを見て配信を運転しているのは、仕事のやり方として理にかなっています。ただその計器が、枠の価値の一部しか測っていない。それだけのことが、あの後悔を作ります。
「起きなかったこと」は、どこにも表示されない
気づきにくさには、もうひとつ理由があります。人は、起きたことからは学べますが、起きなかったことからはほとんど学べません。これは実験でも確かめられている、人間の認知のくせです。
関係の手当ては、うまくいっているほど、何も起きていないように見えます。新しい常連さんが増えれば、それは見えます。でも「離れそうだった人が、あなたの一言で離れなかった」ことは、どこにも表示されません。つまり、静かな常連さんへの気配りは、成功するほど成果が見えなくなる仕事なんです。すでにそれをやれている人も、やれていることに自分で気づけていない可能性があります。
引き算の問いを、居るうちに
計器がないなら、問いを自分で持つしかありません。おすすめは、足し算ではなく引き算で考えることです。「誰が何をくれているか」と足し算で数えると、どうしても数字の大きい人から並んでしまいます。そうではなく、「この人がいなくなったら、枠は何を失うか」。
この聞き方をすると、答えが数字にならない人が浮かび上がってきます。失うものが、場の空気だったり、初見さんの入りやすさだったり、自分自身の安心だったりする人。その人が、計器に映っていない人です。
大事さは、いなくなったときにいちばんはっきり見えます。でも、それは見えるタイミングとしては遅すぎる。問いを先に立てておけば、居るうちに見えます。
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