リスナーは「返事」にお金を払っている
心理学に、パラソーシャル関係という言葉があります。1956年にテレビ視聴者の研究から生まれた概念で、「画面の向こうの人に、一方的だけど本物の親しみを感じる」現象のことです。
大事なのはここからです。テレビの時代、この関係は何十年もずっと片思いでした。どれだけ好きになっても、向こうがこちらの存在を知る方法がない。ファンレターを千通書いても、自分という個人は相手の世界に存在しないままです。
ライブ配信は、この片思いの歴史に、初めて「返事」を持ち込みました。コメントを打てば読まれるかもしれない。そして投げ銭は、その返事を確実にもらう手段です。投げれば名前を読まれ、お礼を言われ、「この人の世界に自分が存在した」ことがその場で確定する。2018年の配信視聴者の研究でも、金銭的な支援と一番強く結びついていたのは、配信のうまさではなく、配信者への情緒的な愛着、つまり「知ってもらえている」関係の深さでした。
有名さより、「自分を知っている相手」
この「見てもらえた、知ってもらえた」がうれしいという動機、つまり認知の動機には、小さい枠ほど有利という珍しい性質があります。何万人が見る配信では、投げても返事は数秒のお礼で終わります。でもコメントをほぼ全部拾える規模の枠なら、名前と話題を覚えてもらえて、次の配信で「あの件どうなった?」が返ってくる。片思いだったはずの関係が、ほぼ両思いに近づきます。
人がお金を出す相手は、有名な人より、自分を知っていてくれる人です。「うちは小さい枠だから」と思っている人にとって、この性質はそのまま朗報のはずです。
この動機は、反応の質で生きも死にもする
裏返しも書いておきます。投げてくれた人への反応が薄い枠では、この動機は即座に消えます。リスナーが確かめているのは金額へのお礼ではなく、「ちゃんと自分を見てくれたか」です。だから所持アイテムや無償コインで送るアイテム(お財布を開かずに送れる一投です)へのお礼を、コインを使ったアイテムと同じ質で返すことには、優しさ以上の意味があります。そこで「返事が返ってくる枠だ」と伝わるからです。
「どうしたら投げてもらえるか」を、「どうしたら『見てもらえた』と感じてもらえるか」に置き換える。認知の動機については、これが答えのほとんどを占めています。
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